『Japanist No.5』-ジャパニストの美術散歩-掲載記事


陶芸は自己確認をするための手段


- 六十兆という数字

黒陶条文金環湯呑 (2009年)
W85xD85xH90



黒陶窯変条文花生-800本によるインスタレーション (1993年)
W100xD100xH350

ニューヨーク・タカシマヤギャラリーで行われたインスタレーション。 独特の窯変と波状文、そしてその連なり。 生命が引き継がれてきた遺伝子を見るようだ。
十六歳の頃、坂田は空海と最澄の世界に出会う。仏教の思想は慈愛に満ち溢れた明鏡止水、まさに坂田の感性にピッタリと合った。
仏性に導かれるまま、埋葬へと興味の対象が移っていった。
「死んだ者がリスペクトされるのは、人間だけ」と坂田は言う。やがて埋葬から縄文に辿り着くまでにさほどの時間はかからなかった。 縄文土器のプリミティブな肌合いや温もりは、素直に若き坂田を魅了した。焼き物と言えば縄文、と思えるほどに縄文の土器はインパクトが強かったという。
縄文時代は気が遠くなるほど長い期間続くが、その間に土器への独特の想いが、日本人のDNAの中に積み重なってきたのだろうか。
「まさか自分が縄文風の陶芸に挑戦することになるとは夢想だにしなかった」
坂田は直感の人だ、とも言えるが、同時に考える人でもある。十歳の頃、夕日が落ちるのを見て、家庭教師に「人生って何?」と問いつめ、困らせたほど筋金入りの”考える人“だ。
「僕はいつも自分に問いかけている。なぜ、自分は生まれてきたのか、生きているのは何のためか、と。陶芸は自己確認をするためのひとつの手段。陶芸でなければダメ、というようなものではない」
現在では戸籍の名前になっているが、甚内というのは本名ではない。芥川龍之介の作品に「甚内」という名の義賊が出てくるが、そこから拝借した。また、無上深甚という言葉は「これ以上ない、究極の世界」という意味。無上深甚と内省が結びついて、甚内ということでもある。
「僕は極端なものが好き。極端なものは目に見えない。例えば、大きい数字の単位は、那由多、不可思議から無量大数という無限大のものまである。一方、小さい単位は、割・分・厘、毛・糸・惚・微・繊・沙・塵・埃・緲・漠などと続き、最後は空・清・浄となる。
浄は10のマイナス23乗。こういう言葉があるということは、すでに古代の人たちは、その大きさ(小ささ)の概念をつかんでいたということ。そう考えると、間の目に見えるものなど、たかが知れている」
坂田は、しばしば六十兆という単位を使う。人間の細胞も、宇宙の数も六十兆。その間を構成する星の数も六十兆が基本だ、と。つまり、人体は宇宙の縮小コピーなのではないかと考えているのだ。
坂田の目は、ズームレンズになったり接写レンズになったりする。それも極端から極端へ。そうしなければできない表現世界がある。


黒陶波状文と金の調和は、自然界の陰陽五行


- 坂田甚内らしさ

黒陶波状文刻段高鉢 (2010年)
W340xD340xH350

陶と植物のコラボレーションは、坂田芸術の新境地。
坂田甚内の作品を見ていて、飽くことはない。小手先の技や表層的なデザインを排除しているからかもしれない。
坂田の象徴とも言える「波状文」は、地・水・火・風・空といった自然界の流れを表しているという。もちろん、通底には縄文の影響がある。
「現代の物理学では人体を分解すると、最後は波のようなヒモ状になると言われているが、波状文はそういった人体の究極の姿でもあり、宇宙を構成する地・水・火・風・空の姿でもある」
波状文と並び、「坂田甚内らしさ」と言えば、黒という色の使い方にある。「黒陶波状文」は坂田甚内のひとつの到達点だ。東洋の陰陽五行という自然観に照らし合わせると、黒が最も重要だと坂田は言う。
「黒は地味な色だが主張が強く、すべての色を含み込み、華麗な気品を醸し出しつつ、地に足のついた重さも表現できる。水を含むとしっとりと艶が出てくるところもいい」
その独特な艶消しの黒を発色させるには、炭化焔焼成という方法が用いられる。木材を薄く切ったチップを、レンガで作った大きなサヤに作品とともに入れ、千二百度から千三百度の高温で、約四十八時間、蒸し焼きにする。燃焼に必要な酸素の供給を少なくし、炭素の多い焔で焼成するこの方法は、益子に来て知った炭焼きに着想を得たという。
坂田は、自然界を則る陰陽五行という観念にとても敏感だ。
「暦の日月火水木金土のうち、日と月は陽と陰で、残る火水木金土の五つが五行に相当する。宇宙は、陰と陽が絶妙なバランスのもとに保たれており、五行は天地間を循環している。木は燃えて火になり、火は燃え尽きて土に還り、土の中から金属が生じ、金属は水分を集めて水を生じ、水は木を育てるという五行相生という循環があり、一方、木は土を押しのけて芽を出し、土は水を堰き止め、水は火を消し、火は金属を溶かし、金属は木を切るという五行相剋という循環もある。
つまり、自然の循環は互いを生かすこともあれば、互いの存在をうち消す働きもあるということ」
もうひとつ、「坂田甚内らしさ」と言えば、金の使い方だろう。黒陶波状文と金の調和といったら、見ていてゾクゾクするほどだ。
「金は自然界に存在する最高の物質であり、エジプトや桃山時代に象徴される華やかさの極致。人間の力で作ることはできない。他方、土は大地を表し、原始の象徴でもある。土と金は、肉体と精神、大陸と太陽のシンボルとも言える。大自然に畏敬の念を抱き、大地に根ざして生きてきた日本人は世界から尊敬される自然観や人生哲学をもっていたと思う。われわれは今、それらを取り戻すべき時期にいるのではないか」